役員報酬を決めるとき、税金と同じか、それ以上に重いのが社会保険料です。役員報酬には健康保険・厚生年金がかかり、その負担は労使合計でおおむね報酬の30%前後。1人会社なら会社負担分も実質自分の財布から出て行きます。
本記事では、役員報酬と社会保険の仕組み(どこまで上がると頭打ちになるか)を整理したうえで、実務でとり得る適正な設計と、世に出回る「社保削減スキーム」のリスクを、監査法人出身の税理士が正直に解説します。結論を先に言えば、小手先のスキームより、報酬体系の設計(報酬・社宅・日当・退職金の組み合わせ)で最適化するのが王道です。
役員にかかる社会保険の基本
役員が加入するのは健康保険と厚生年金
法人の役員は、報酬を受けていれば健康保険・厚生年金に強制加入です(社長1人の会社でも同じ)。一方、役員は労働者ではないため、雇用保険・労災保険の対象外です。
保険料は「標準報酬月額」で決まる
社会保険料は、役員報酬の月額をもとにした標準報酬月額に保険料率を掛けて計算します。料率の目安は次のとおりです(労使合計。健康保険は協会けんぽの場合で都道府県により異なります)。
- 健康保険: 約10%(40歳以上は介護保険分が上乗せ)
- 厚生年金: 18.3%
- 合計: おおむね30%前後(会社と本人で折半)
重要な仕組み:「上限」がある
ここが最適化の出発点です。標準報酬月額には上限があります。
- 厚生年金: 月額65万円で頭打ち(それ以上報酬を上げても厚生年金保険料は増えない)
- 健康保険: 月額139万円で頭打ち
また、賞与(役員賞与)にも社会保険はかかりますが、厚生年金は1か月あたり150万円まで、健康保険は年度累計573万円までしか保険料の対象になりません。
つまり、役員報酬が月100万円を超えるあたりから社会保険料の増え方は鈍り、**高額報酬ゾーンでは「報酬を増やしても社保はほぼ増えない」**構造になっています。「社保が重い」と感じる度合いは、報酬帯によってまったく違うのです。
王道の最適化:スキームではなく「報酬パッケージの設計」
社会保険料も税金も、課税・賦課の対象は基本的に「役員報酬(給与)」です。だからこそ、役員個人が受け取る価値を、給与以外の適法な形に分散することが、最も健全な最適化になります。
1. 役員社宅
会社が住宅を借り上げて役員に貸与し、役員は税法所定の「賃貸料相当額」を会社に払う方式です。会社が負担する家賃部分は役員報酬ではないため、所得税も社会保険料もかからずに住居コストを会社経費化できます。役員報酬を同額増やすのに比べ、税・社保の双方で効率的です。
2. 出張日当(出張旅費規程)
出張旅費規程に基づく適正額の日当は、会社の損金になり、受け取る役員側は非課税・社会保険の報酬にも含まれません。出張が多い事業なら、規程の整備だけで合法的に「給与でない受取り」が作れます(相場を超える日当は否認されます)。
3. 退職金への配分
役員退職金は、社会保険料がかからず、税務上も退職所得控除+2分の1課税で極めて有利な受け取り方です。「毎月の報酬を厚くする」より「在任中は適正報酬+退職時にまとめて」のほうが、生涯手取りでは大きく勝つことが多い——これが長期視点の最適化の核心です。
4. 配偶者・家族との分散
配偶者が実際に経営・業務に従事しているなら、役員として報酬を分けることで世帯の所得税を下げられます。社会保険は、常勤性・報酬額によって加入要否が変わるため、非常勤役員で報酬を低額に抑えれば被扶養者のままにできる場合があります。実態のない名義だけの役員は税務・社保の双方で否認リスクがあるため、職務実態が大前提です。
出回っている「社保削減スキーム」とそのリスク
月額最低+事前確定届出給与に集中させるスキーム
「役員報酬の月額を極端に低くし(例: 月5万円)、年1回の事前確定届出給与に大きな金額(例: 1,000万円)を集中させる。賞与の社会保険料には上限(厚生年金150万円/月・健康保険573万円/年度)があるため、年間の社会保険料が大幅に下がる」——というスキームが、一部で紹介されています。
仕組みとしては社会保険の上限規定を利用したもので、計算上の保険料が下がること自体は事実です。しかし、実行前に知っておくべきリスクが複数あります。
- 年金事務所・行政の見直しリスク: 実態と乖離した報酬設定は、調査の際に通常の報酬として扱い直される(遡及して保険料を徴収される)リスクが指摘されています。制度の趣旨に反する利用への対応は今後も強化され得ます
- 将来の年金が減る: 標準報酬月額が低い期間は、その分厚生年金の受給額が直接減ります。削った保険料の一部は、将来の自分の給付を削っています
- 傷病手当金・出産手当金が減る: 健康保険の給付は標準報酬をベースに計算されるため、万一の保障も薄くなります
- 税務上の硬直性: 事前確定届出給与は、届け出た金額・支給日と1円・1日でもズレると全額損金不算入です。資金繰りが苦しくても減額できず、減額すれば損金を失うという、経営の柔軟性を犠牲にする設計です
- 融資・与信への影響: 月額報酬5万円の決算書は、金融機関から見れば異様です。役員の生活原資の説明に窮し、心証を損ねる場合があります
税理士からのひとこと(監査目線):私たちはこの種のスキームを「効果は計算できるが、コストが計算しにくい打ち手」と説明しています。保険料の削減額は明確に計算できます。しかし、調査で否認されたときの遡及徴収、年金・給付の減少、損金不算入のリスク、信用面の影響は、事前に数値化しきれません。計算できる利益と計算できないリスクの交換は、堅実な経営判断とは言いがたい——これが正直な見解です。同じ労力を役員社宅・日当・退職金の設計に使うほうが、否認リスクなく確実に手残りを増やせます。
報酬帯別の実務指針
| 役員報酬の水準 | 社会保険の状況 | 設計の考え方 |
|---|---|---|
| 〜月30万円 | 報酬比例でフルにかかる | 社保負担は重く感じるが、将来給付・保障も比例して積み上がる時期。最低生計費とのバランスで設定 |
| 月30万〜65万円 | 厚生年金の上限(65万円)に向かう帯 | 税率の上昇と合わせ、社宅・日当・共済の併用で「給与以外の受取り」を整備する効果が大きい |
| 月65万円超 | 厚生年金は頭打ち、健康保険のみ増加 | 社保の限界負担は急減。むしろ所得税の累進が主戦場になり、退職金への配分・法人内留保との比較で設計する |
「社会保険料が重い」の正体は報酬帯で異なります。自社の報酬がどの帯にいるかを確認してから、打ち手を選んでください。
ケーススタディ:月60万円の役員報酬の社会保険料
役員報酬月60万円(年720万円・賞与なし・40歳以上)の概算です。労使合計の料率を約31%(健康保険+介護保険 約12%、厚生年金18.3%)とすると、
- 年間の社会保険料総額: 約720万円 × 31% ≒ 約223万円(会社負担・本人負担 各約111万円)
1人会社であれば、この約223万円が実質すべて自分側の負担です。同じ720万円の価値を「報酬月50万円+役員社宅(会社負担家賃月10万円相当)」の形に組み替えられれば、社会保険・所得税の対象となる報酬部分が圧縮され、年間数十万円規模の負担差が生まれます(社宅の賃貸料相当額の計算など要件があるため、実行時は必ず設計してください)。スキームに頼らずとも、パッケージ設計だけでこの規模の差が出るのが実務の感覚です。
社会保険の手続きカレンダー:いつ変わるのか
役員報酬と社会保険料の連動には、決まったタイミングがあります。
- 定時決定(算定基礎届): 毎年4〜6月の報酬をもとに標準報酬月額が決まり、その年の9月から翌年8月まで適用されます
- 随時改定(月額変更届): 期首の役員報酬改定などで固定的賃金が2等級以上変動すると、変動から4か月目に標準報酬が改定されます
- 賞与支払届: 事前確定届出給与などの役員賞与を支給したら、支給から5日以内に提出します
つまり、期首に役員報酬を変更すると、社会保険料は約3か月遅れて変わります。資金繰り表にはこの時間差を織り込んでおいてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 役員報酬を下げれば社会保険料は下がりますか? A. 下がります。ただし役員報酬は原則として期首から3か月以内に決めた額を1年間継続する必要があるため(定期同額給与)、変更のタイミングは事業年度の切り替わりで設計します。生活資金とのバランス、将来年金の減少も併せて検討してください。
Q. 非常勤役員でも社会保険に入る必要がありますか? A. 勤務実態・経営参画の度合い・報酬額などから総合判断されます。実態が非常勤で報酬が低額なら加入対象外となる場合があります。判断に迷うケースは年金事務所への確認をおすすめします。
Q. 役員賞与にも社会保険はかかりますか? A. かかります(賞与支払届の提出が必要)。ただし厚生年金は1か月150万円、健康保険は年度累計573万円が保険料計算の上限です。なお役員賞与を損金にするには事前確定届出給与の届出が必須です。
Q. 社会保険料は会社の損金になりますか? A. 会社負担分は全額損金になります。役員本人負担分は本人の社会保険料控除の対象です。負担は重い一方、税負担を同時に下げている面も忘れずに計算に入れてください。
Q. 役員報酬ゼロなら社会保険に入らなくてよいのですか? A. 報酬がまったくない役員は加入対象外となるのが原則です。ただし配当や貸付で生活する形には別の税務・資金繰り上の問題が伴いますし、無報酬の合理性も問われます。設立直後の一時的な無報酬を除き、恒常的な「報酬ゼロ設計」は総合的に不利になりやすい選択です。
Q. 2か所の会社から役員報酬を受けている場合はどうなりますか? A. 両方の会社で加入要件を満たす場合、「二以上事業所勤務届」を提出し、報酬合算で計算した保険料を各社で按分します。グループ会社で報酬を分けても、社会保険上は合算される点に注意してください。
まとめ
- 役員報酬には**労使合計で約30%**の社会保険料がかかるが、厚生年金は月65万円・健康保険は月139万円で頭打ち
- 王道の最適化は、役員社宅・出張日当・退職金・家族への分散という「給与以外の適法な受取り」の設計
- 月額最低+賞与集中型の社保削減スキームは、遡及徴収・年金減・損金不算入・信用低下のリスクを伴う。計算できる利益と計算できないリスクの交換は推奨しない
- 報酬帯によって社保の効き方は別物。自社の報酬がどの帯かを確認してから打ち手を選ぶ
- 役員報酬の変更は期首3か月以内が原則。社保・税・年金・融資を同じテーブルで毎期見直すのが最適化の実体
役員報酬と社会保険の設計は Iroae税理士事務所へ
Iroae税理士事務所では、役員報酬のシミュレーション(所得税・住民税・社会保険料・法人税の総額比較)に加え、役員社宅・出張旅費規程・退職金準備まで含めた「報酬パッケージ」の設計をご支援しています。「社保が重いが、怪しいスキームには手を出したくない」——その感覚は正しいです。監査法人出身の税理士が、否認リスクのない王道の設計でお応えします。
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※本記事は2026年時点の一般的な情報をもとに、税理士の監修のもと作成しています。社会保険料率・標準報酬月額の上限・賞与の上限額は改定される場合があります。実際の設計にあたっては、必ず日本年金機構・協会けんぽ等の最新情報をご確認いただくか、専門家にご相談ください。