会社を売る方法には大きく2つあり、税金がまったく違います。
- 株式譲渡: 株主(経営者個人)が株を売る。売却益に約20%(個人の譲渡所得)
- 事業譲渡: 会社が事業(資産・負債)を売る。売却益に法人税(約30%)+最終的に個人へ移すとさらに課税
後継者不在の中小企業のM&Aでは、売り手にとって株式譲渡のほうが税負担が軽く、手取りが大きいのが一般的です。本記事では、2つの方法の違い、手取りの計算、M&Aの進め方を解説します(事業承継全体は「事業承継の基礎」をご覧ください)。
株式譲渡:株主個人が株を売る
オーナー経営者が保有する株式を買い手に売却する方法です。会社はそのまま(資産・負債・契約・従業員ごと)買い手に引き継がれます。
- 課税: 売却益(譲渡価額 − 取得費 − 譲渡費用)に対して、所得税・住民税合わせて約20.315%(申告分離課税)
- 中小企業M&Aで最も多い形態
- 手続きが比較的シンプル(株式の移転)
- 許認可や契約も会社ごと引き継がれるため、取り直しが少ない
手取りの計算例
創業者が資本金300万円で設立した会社を、1億円で株式譲渡した場合:
- 売却益 = 1億円 − 取得費300万円 − 譲渡費用(仲介手数料等)≒ 約9,400万円
- 税額 = 約9,400万円 × 20.315% ≒ 約1,900万円
- 手取り ≒ 約8,000万円
約20%の分離課税で済むため、長年育てた会社の売却(創業者利益の実現)として、税効率は良好です。
事業譲渡:会社が事業を売る
会社が営む事業(の一部または全部)を、資産・負債単位で売却する方法です。会社という器は売り手に残ります。
- 課税: 売却益が会社の益金になり、法人税(実効約30%)が課される
- さらに、売却代金を経営者個人が受け取るには配当や退職金・解散などのステップが必要で、その段階で再度課税される(法人と個人の二段階課税)
- 一方、買い手は欲しい事業・資産だけを選べる、簿外債務を引き継がないなどの利点があり、買い手が事業譲渡を望むこともある
- 消費税: 譲渡資産のうち課税資産(在庫・建物・のれん等)には消費税がかかる
売り手の手取りだけを見れば株式譲渡が有利ですが、買い手の事情・会社に残したい資産の有無などで事業譲渡が選ばれることもあります。
株式譲渡と事業譲渡の比較表
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売るもの | 株式(会社ごと) | 事業・資産 |
| 課税 | 個人の譲渡所得約20% | 法人税約30%+個人移転時に再課税 |
| 売り手の手取り | 大きい | 二段階課税で目減りしやすい |
| 許認可・契約 | 原則引き継がれる | 原則取り直し・再契約 |
| 簿外債務 | 買い手が引き継ぐ | 引き継がない(買い手に有利) |
| 会社の器 | 買い手に移る | 売り手に残る |
のれん(営業権):会社の「見えない価値」
M&Aの売却価額は、純資産(簿価)だけでは決まりません。収益力・顧客基盤・ブランド・技術などの「見えない価値」が**のれん(営業権)**として価格に上乗せされます。赤字の純資産でも、将来の収益力が評価されれば高く売れることがあります。逆に、社長個人への依存度が高すぎる会社は「社長が抜けたら価値が下がる」と見られ、のれんが付きにくい——属人性を下げ、組織で回る体制にしておくことが、企業価値を高めます。
税理士からのひとこと(監査目線):M&Aで「思ったより手取りが少ない」となる原因の多くは、税務の検討が後回しになったことです。株式譲渡か事業譲渡かで手取りが数千万円変わるのに、買い手の提示する「譲渡価額」だけを見て交渉してしまう。重要なのは税引後の手取りで比較することです。また、売却前の数年で決算書を整える(役員貸付金の解消・簿外債務の整理・利益の安定化)ことが、企業価値(のれん)と買い手の安心感を高め、結果的に売却価額を押し上げます。M&Aは「売ると決めてから」では遅く、数年前からの準備が手取りを決める——事業承継と同じく、時間が最大の武器です。後継者不在で悩む前に、M&Aという選択肢の存在と、その準備の価値を知っておいてください。
数値比較:同じ1億円でも手取りはこう違う
会社(資本金300万円・売却価額1億円相当)を、株式譲渡と事業譲渡で売った場合の手取りイメージです。
株式譲渡(株を1億円で売却)
- 売却益 約9,400万円 × 約20.315% ≒ 税額 約1,900万円
- 経営者の手取り ≒ 約8,000万円(仲介手数料別)
事業譲渡(会社が事業を1億円で売却)
- 会社の売却益に法人税(実効約30%)→ 会社に残る現金が約7,000万円台に
- これを経営者個人へ移すには、退職金・配当・解散等のステップが必要で、その段階で再課税
- 最終的な個人の手取りは、設計次第だが株式譲渡より目減りしやすい
同じ「1億円で売る」でも、二段階課税の有無で手取りが大きく変わります。だからこそ「譲渡価額」ではなく「税引後に自分の手に残る額」で交渉・比較することが、M&Aの鉄則です。
M&Aの進め方:概略
- 検討・準備: 自社の価値の把握、決算書の整備、売却の意思決定
- アドバイザー選定: M&A仲介会社・FA、税理士・弁護士の体制
- 買い手探し(マッチング): 候補との接触、秘密保持契約
- 基本合意・デューデリジェンス: 買い手による調査(財務・税務・法務)
- 最終契約・実行(クロージング): 譲渡契約、代金決済、引き継ぎ
- 引き継ぎ(PMI): 経営の移行、従業員・取引先への対応
税理士は、企業価値の試算、税務面の手取りシミュレーション、デューデリジェンス対応(買い手調査で過去の問題が出ないよう事前整備)で重要な役割を担います。
よくある質問(FAQ)
Q. 赤字でも会社は売れますか? A. 売れることがあります。技術・顧客基盤・許認可・人材など、買い手にとって価値があれば、純資産が薄くても(赤字でも)買い手は見つかります。「赤字=売れない」ではありません。
Q. 株式譲渡と事業譲渡、どちらを選ぶべきですか? A. 売り手の手取りだけなら株式譲渡が有利です。ただし買い手が簿外債務を嫌って事業譲渡を望む、会社に残したい資産がある、などの事情で事業譲渡になることもあります。税引後の手取りと条件の総合で判断します。
Q. 売却益にかかる税金を減らす方法はありますか? A. 株式譲渡なら約20%でほぼ固定ですが、退職金との組み合わせ(売却前に退職金で受け取る部分を作る)など、設計で全体の税負担を調整できる場合があります。事前の専門家相談が前提です。
Q. 従業員や取引先には影響しますか? A. 株式譲渡なら雇用・契約は原則継続します。事業譲渡では従業員の転籍・契約の再締結が必要です。従業員の雇用を守れることは、廃業に対するM&Aの大きな利点です。
Q. 仲介手数料はどれくらいかかりますか? A. M&A仲介・FAの手数料は取引規模・契約により異なります(成功報酬型が一般的)。手数料も手取りに影響するため、税金と合わせて「最終的にいくら残るか」で全体を評価してください。
まとめ
- 会社を売る方法は株式譲渡(株主が株を売る・約20%課税)と事業譲渡(会社が事業を売る・法人税約30%+再課税)
- 売り手の手取りは株式譲渡が有利なことが多い。中小M&Aの主流
- 売却価額は純資産だけでなく**のれん(収益力・顧客・技術)**で決まる。属人性が低いほど高く売れる
- 比較は「税引後の手取り」で。売却前数年の決算整備が価値と手取りを押し上げる
- 後継者不在でもM&Aで会社と雇用を残せる。準備は数年前から
M&A・会社売却の税務は Iroae税理士事務所へ
Iroae税理士事務所では、企業価値の試算、株式譲渡・事業譲渡の税引後手取りシミュレーション、売却に向けた決算書の事前整備、デューデリジェンス対応までご支援しています。「後継者がいないから廃業」の前に、M&Aで会社を残す選択肢を、数字で検討してみませんか。
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※本記事は2026年時点の一般的な情報をもとに、税理士の監修のもと作成しています。M&Aの税務は取引形態・契約により異なります。実行にあたっては、必ず専門家にご相談ください。