「いくら稼いだら法人化すべきですか?」——この質問に数字で答えると、事業所得(売上−経費)が800万円前後を安定して超えてきたら本格検討、900万〜1,000万円なら多くのケースで法人有利です。
ただし、この目安には正しい使い方があります。①「年収」は売上ではなく所得(利益)で見る、②税金だけでなく社会保険料込みで比べる、③単年ではなく今後数年の見通しで判断する——の3点です。本記事では、目安の根拠と、自分のケースに当てはめる手順を解説します(法人化のメリット・デメリット全般は「法人化のメリット・デメリットとタイミング」をご覧ください)。
まず用語の整理:「年収」はどれを指すか
- 売上(年商): 入金ベースの総額。法人化の損得判断には使いません(消費税の判定には使います)
- 事業所得(利益): 売上−経費−青色申告特別控除前の儲け。法人化判断の基準はこちら
- 「売上1,000万円超えたら法人化」という俗説は、消費税の課税事業者判定(売上基準)と節税の損益分岐(所得基準)を混同したものです。売上2,000万円でも所得300万円なら法人化のメリットは薄く、売上1,200万円で所得900万円なら検討に値します
なぜ「所得800万円前後」が目安になるのか
個人と法人では、稼ぎにかかる負担の構造が違います。
個人事業主の負担(所得に対して)
- 所得税: 累進5〜45%(課税所得695万円超で23%、900万円超で33%)
- 住民税: 約10%
- 個人事業税: 多くの業種で5%(事業主控除290万円超の部分)
- 国民健康保険: 所得に応じて増加(自治体上限あり)+国民年金
法人化した場合の負担
- 法人の実効税率: 所得800万円以下の部分 約23%、超える部分 約34%
- 役員報酬には給与所得控除(最大195万円)が付き、個人側の課税所得が圧縮される
- ただし**健康保険・厚生年金(労使合計で報酬の約30%)**が新たに発生
- 均等割年7万円+税理士費用等の維持コスト年40万〜60万円
所得が低いうちは「維持コスト+社会保険料の増加」が勝ち、所得が高くなるほど「累進回避+給与所得控除+所得分散」が勝つ——この力関係が逆転する帯が、家族構成や報酬設計にもよりますが、おおむね所得700万〜900万円に現れます。
所得帯別の早見表(単身・標準的な前提の傾向)
| 事業所得 | 法人化の判定の傾向 |
|---|---|
| 〜500万円 | 個人継続が無難。維持コスト負けしやすい |
| 500万〜700万円 | 微妙な帯。消費税・信用などの非税金要因があれば検討 |
| 700万〜900万円 | 損益分岐帯。設計(役員報酬・社宅・共済)次第で法人有利に |
| 900万〜1,200万円 | 法人有利が多数派。所得分散・退職金まで使えば差が開く |
| 1,200万円〜 | 法人有利がほぼ確定。むしろ法人内の設計(報酬・留保・出口)が主戦場 |
※扶養家族の有無・国保料率(自治体差が大きい)・事業の経費構造で帯は上下します。あくまで「検討を始める高度計」としてお使いください。
目安を自分のケースに当てはめる5ステップ
- 直近2年の所得を確認する: 確定申告書の所得金額。単年の瞬間風速ではなく安定して超えているか
- 来期以降の見通しを置く: 法人化の効果は数年単位。成長中なら早め、頭打ちなら慎重に
- 個人の現在の負担を合計する: 所得税+住民税+事業税+国保+国民年金(確定申告書と納付書で実額が分かります)
- 法人化後のシミュレーションを作る: 役員報酬をいくつかのパターン(例: 月40万・60万・80万)で置き、法人税等+社会保険料+個人の税+維持コストの総額を計算
- 差額と「お金以外の要因」を並べて判断: 年間の手取り差が維持コストを安定的に上回るか。加えて、取引先の法人要求・採用・融資・インボイスの事情を加点要素として評価
税理士からのひとこと(監査目線):シミュレーションで差が数十万円しか出ない「際どい帯」の方に私たちがお伝えしているのは、「数字が際どいなら、数字以外で決めてよい」ということです。大手と取引したい、採用を始めたい、事業を資産として育てたい——こうした事業上の理由があるなら、分岐点の手前でも法人化は正当です。逆に、数字がはっきり法人有利でも、役員報酬の規律(期首に決めたら1年変えられない)や経理・社保の事務負担を受け入れられないなら、その「手間のコスト」も実在します。目安の数字は判断の入口であって、出口は事業の方針です。
試算例:所得900万円の個人事業主の比較イメージ
単身・東京在住・所得900万円の設計士(経費構造が軽い業種)のモデルです(概算・万円単位)。
個人継続の場合(年間の公的負担の概算) 所得税 約120万円+住民税 約85万円+個人事業税 約30万円+国民健康保険 約90万円(上限近辺)+国民年金 約20万円 = 合計 約345万円
法人化の場合(役員報酬 月55万円・年660万円、法人に約240万円残す設計) 個人側: 所得税・住民税 約95万円+社会保険料本人負担 約95万円 法人側: 社会保険料会社負担 約95万円+法人税等 約60万円+均等割7万円+税理士費用等 約50万円 合計 約402万円——に見えますが、ここから社宅・出張日当・経営セーフティ共済・小規模企業共済などの設計を載せると、課税ベースと社保の算定基礎が圧縮され、実質負担は個人継続と同等以下まで下がり、さらに法人内に将来の退職金原資が積み上がる構図になります。
この例が示すのは、「法人化は設計込みで初めて勝つ」ということです。単純に役員報酬を高く置くだけのシミュレーションでは、社保負担で法人不利に見えることがあります。比較は必ず「設計後の姿」同士で行ってください。
見落としやすい3つの変数
- 国民健康保険料の自治体差: 国保料は自治体・所得で大きく変わり、上限近くまで払っている方ほど法人化(協会けんぽ+報酬設計)の効果が出やすくなります。ご自身の国保料の実額は必ず確認を
- 配偶者の働き方: 配偶者を役員にして所得分散できるか、逆に扶養の範囲で働いているか。世帯構成で最適解が大きく動きます
- 消費税とインボイス: 売上1,000万円超で個人が課税事業者になるタイミング、インボイス登録の有無は、法人化の時期設計(免税期間の活用可否を含む)と連動します。税目をまたいだ設計が必要な論点です
よくある質問(FAQ)
Q. 所得600万円ですが、法人化したら損ですか? A. 税・社保だけの比較では差が小さいか個人有利のことが多い帯です。ただし消費税の状況、取引先の要請、社宅・共済等の設計余地によっては法人有利になり得ます。実額シミュレーションで判断してください。
Q. 「売上1,000万円で法人化」とよく聞きますが? A. それは消費税の課税事業者判定(2年前の売上基準)の話が混ざった俗説です。法人化の節税判断は所得ベースで行い、消費税は別の論点として時期設計に織り込みます。
Q. 法人化後の役員報酬はいくらにすればよいですか? A. 生活費・法人に残す利益・社会保険料・税率のバランスで決めます。「個人時代の所得と同額」にすると社保負担で手取りが減ることが多く、報酬は抑えめ+法人に留保+社宅等の設計が定番です(「役員報酬と社会保険の最適化」参照)。
Q. 一度法人化して、思ったより利益が出なくなったら? A. 役員報酬の減額(期首改定)や休眠・解散という選択肢はありますが、戻りのコストは小さくありません。だからこそ「安定して分岐帯を超えているか」を入口で確認することが大切です。
Q. 青色申告特別控除(65万円)がなくなるのはもったいなくないですか? A. 法人化すると個人の青色特別控除は使えなくなりますが、代わりに給与所得控除(最大195万円)が付きます。控除の付け替えとしては多くのケースでプラス側です。
Q. 所得が年によって大きく変動します。どう判断すればよいですか? A. 直近3年の平均と最低年で判定してください。最低年でも分岐帯に届くなら法人化、好調年だけ超える程度なら、まず変動を平準化する手段(経営セーフティ共済は個人事業でも使えます)で様子を見るのが堅実です。
Q. 法人化の決断から実行までどれくらいかかりますか? A. 設計・設立・引き継ぎまで約3か月が標準です。年末・年度初めなど区切りの良い切替日から逆算して、その3か月前には意思決定する——というスケジュール感で考えてください。
まとめ
- 目安は「所得(利益)800万円前後の安定超え」。売上ではなく所得で判断する
- 根拠は「個人の累進+国保」対「法人税率+社保+維持コスト」の力関係。分岐帯は700万〜900万円
- 判断は実額の5ステップで。確定申告書・国保納付額という「自分の実データ」が最良の材料
- 際どい帯では事業上の理由(取引・採用・融資)で決めてよい。数字以外の要因も実在の価値
- 消費税・インボイス・家族構成は帯を動かす変数。税目をまたいだ設計は専門家と
法人化の実額シミュレーションは Iroae税理士事務所へ
Iroae税理士事務所では、確定申告書と国保納付額をもとに、役員報酬3パターンでの法人化前後の手取り比較(税・社保・維持コスト込み)を作成し、切替時期・資本金・消費税まで含めた実行プランをご提案しています。「自分の数字で」見たい方は、直近の申告書を一式お持ちください。その場で概算をお出しできます。
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※本記事は2026年時点の一般的な情報をもとに、税理士の監修のもと作成しています。税率・社会保険料率・国保料は改正・自治体により変動します。実際の判断にあたっては、必ず実額でのシミュレーションを行うか、税理士にご相談ください。