信託型ストックオプション(信託型SO)は、かつて「行使時に課税されず、売却時の約20%だけで済む」とされて多くのスタートアップに広まったスキームです。
しかし、2023年に国税庁が「信託型SOも権利行使時に給与課税される」との見解を明確化し、前提は根本から覆りました。発行会社には源泉徴収義務があり、過去の行使分に遡って対応した会社も少なくありません。本記事では、仕組みと経緯、現在の課税の整理、導入済み企業・付与済み役職員が確認すべきことを解説します。
信託型SOの仕組み(何が「画期的」とされたのか)
典型的な信託型SOは、次の構造です。
- オーナー(創業者等)が金銭を信託し、信託が発行会社の新株予約権(有償SO)を時価で引き受ける
- 信託期間中、会社は役職員の貢献に応じてポイントを付与
- 信託終了時に、ポイントに応じて役職員へ新株予約権を分配
- 役職員が行使して株式を取得し、売却する
セールスポイントは2つでした。①付与のタイミングと評価を切り離せる(入社時期に関係なく、後から貢献度に応じて配れる)、②信託が時価で引き受けた有償SOだから「労働の対価ではない=行使時に給与課税されず、売却時の譲渡課税約20%のみ」——という整理です。当時、上場準備企業を中心に広く導入されました。
2023年の国税庁見解:何が変わったのか
国税庁は2023年、信託型SOについて「役職員が実質的に無償で取得しており、職務の対価として給与所得に該当する。権利行使時に給与課税される」との見解を公式に明確化しました。あわせて、発行会社には行使時の源泉徴収義務があることも示されました。
これにより、信託型SOの課税は次のように確定しています。
| タイミング | 課税 |
|---|---|
| 信託からの分配時 | 原則課税なし |
| 権利行使時 | 含み益(時価−行使価額)が給与所得として課税(最大約55%)・会社に源泉徴収義務 |
| 売却時 | 行使後の値上がり分が譲渡所得(約20.315%) |
つまり、税負担の構造は非適格SOと同じです。「20%で済む」前提で設計・付与・行使していた会社・個人にとっては、税負担が倍増し得る変更でした。すでに行使済みだったケースでは、会社側の源泉徴収漏れとして、過去分の源泉所得税の納付(不納付加算税・延滞税の論点を含む)への対応が必要になりました。
あわせて整理された「救済」の方向性
一方で、税制適格SOの要件側にも整理・拡充が行われました。
- 信託型SOであっても、税制適格の要件(付与対象者・行使期間・行使価額・限度額・管理要件等)をすべて満たすものは、適格SOとして扱われ得ることが整理されました
- 同時期の改正で、行使価額の時価算定ルールの明確化(財産評価基本通達ベースの算定の容認)や、年間行使限度額の拡大・株式管理要件の緩和など、適格SOそのものが使いやすくなりました
この結果、現在の実務は「信託型の工夫で課税を回避する」のではなく「拡充された適格SOを正面から使う」方向にはっきり収束しています。
導入済み企業がいま確認すべきことリスト
- 未行使の信託型SOの棚卸し: 残存する新株予約権の数・行使条件・付与済みポイントの状況を一覧化する
- 行使済み分の源泉対応の完了確認: 過去の行使について源泉徴収・納付・本人への説明が完了しているか。未了なら速やかに税務署・専門家へ
- 適格要件への適合性の検討: 残存分について、適格の要件を満たす(または満たすよう設計変更できる)かを精査する
- 役職員への正確な説明: 「行使すると給与課税される」こと、行使時の納税資金の問題を、付与済みの本人に明示する。行使のタイミング判断(上場後の売却と同時に行使する等)の指針も併せて
- IPO審査・開示への影響整理: 主幹事証券・監査法人と、会計処理(株式報酬費用)・偶発債務(源泉関係)・開示の扱いを擦り合わせる
- 今後のインセンティブの再設計: 新規付与は適格SO(拡充後の枠組み)・有償SO・譲渡制限株式等で組み直す
税理士からのひとこと(監査目線):信託型SOの後始末で実務上いちばん重いのは、税額計算よりも「役職員への説明」です。「20%と聞いて入社の決め手にした」という社員に、行使時の給与課税と納税資金の現実を伝える場面は、経営陣にとって簡単ではありません。私たちがお手伝いした整理では、①課税の正確な説明資料、②行使タイミング別の手取りシミュレーション(上場後に売却と同時行使した場合など)、③代替インセンティブ(新規の適格SO付与)の提示——の3点セットで臨むことで、納得感を保てたケースが多いです。問題を放置して行使期限や上場が近づくほど選択肢は減ります。棚卸しと説明は早いほど安く済む——これが経験則です。
数字で確認:見解変更で何が変わったか
行使価額100円・行使時時価2,000円・1万株を上場後に行使し、同時に売却するケースで比較します。
当初の想定(売却時20%のみ) 売却益(2,000円−100円)×1万株=1,900万円 × 20.315% ≒ 税額 約386万円/手取り 約1,514万円
確定した課税(行使時給与課税) 行使益1,900万円が給与所得に上乗せ——本人の年収によっては限界税率50%超の帯に入り、税額は約800万〜900万円規模になり得ます。手取りは約1,000万〜1,100万円。
同じ含み益で手取りが400万〜500万円減る——これが見解変更のインパクトの実額です。付与済みの役職員に説明する際は、この形式のシミュレーションを本人の年収前提で作るのが、最も誠実で伝わる方法です。
付与を受けている役職員側の注意
- 行使した年は給与所得が跳ね上がります: 行使益は給与として年末調整・確定申告に反映され、住民税・社会保険(標準報酬の扱いは支給形態による)にも影響し得ます。行使前に手取りシミュレーションを
- 納税資金の確保: 未上場のまま行使すると、売却できないのに納税が来ます。売却(換金)の見通しと行使を必ずセットで考えてください
- 会社からの源泉徴収が行われる場合、行使時に源泉税相当の資金を会社へ払い込む実務になることがあります。行使手続きの案内をよく確認してください
よくある質問(FAQ)
Q. 信託型SOはもう「違法」なのですか? A. 違法ではありません。スキーム自体は有効で、課税上の整理(行使時給与課税)が明確になった、ということです。「想定していた税メリットがなくなった」が正確な理解です。
Q. 過去の行使分について、個人としても何かすべきですか? A. 会社の源泉・年末調整で適正に処理されていれば、個人側の追加手続きは不要なことが多いですが、確定申告をしている方・処理が未了の方は申告内容の確認が必要です。会社の管理部門に処理状況を確認してください。
Q. 残っている信託型SOは捨てる(放棄する)べきですか? A. 一概には言えません。給与課税でも、株価上昇が大きければ手取りはプラスです。適格への適合可能性・行使と売却のタイミング・代替付与の有無を並べて判断してください。
Q. これから信託型SOを新規導入する意味はありますか? A. 課税メリットが消えた現在、付与の柔軟性(後決め)だけのために信託の組成・維持コストを払う意義は限定的です。拡充された適格SO・有償SO・譲渡制限株式での設計が現在の主流です。
Q. 信託型SOを設計した業者・専門家への責任追及はできますか? A. 当時の説明内容・契約条件によりますが、法的な責任追及は容易ではないのが実情です。経営判断としては、過去の責任論より「残存分の整理と役職員への説明」に資源を使うほうが、会社の損失を小さくします。
Q. 信託の維持コストは払い続けるべきですか? A. 残存SOの活用方針(適格適合・行使見込み)が決まらないまま信託の管理コストだけ払い続けるのは無駄になりがちです。棚卸しの結果、活用見込みが薄ければ、信託の終了・スキームの清算まで含めて専門家と判断してください。
Q. 信託型SOの問題はIPO審査に影響しますか? A. 源泉徴収の未了・会計処理の誤りが残っていれば、審査上の指摘事項になり得ます。逆に、棚卸しと是正が済んでいれば、導入歴自体が致命傷になるものではありません。
まとめ
- 信託型SOは行使時に給与課税(最大約55%)・会社に源泉徴収義務——非適格SOと同じ課税構造であることが確定済み
- 「売却時20%のみ」という当初の前提は2023年の国税庁見解で覆った。行使済み分の源泉対応の完了確認は必須
- 救済の方向は「適格SOの拡充」。残存分の適格適合性の検討と、新規付与の適格・有償SOへの切り替えが実務の本線
- 役職員には正確な課税説明と手取りシミュレーションを。行使は換金の見通しとセットで
- 棚卸し・説明・是正は早いほど選択肢が多く、安く済む
信託型SOの棚卸し・再設計は Iroae税理士事務所へ
Iroae税理士事務所では、信託型SOの残存状況の棚卸し、源泉対応の確認、適格要件への適合性検討、役職員向け説明資料と手取りシミュレーションの作成、代替インセンティブの設計まで、導入済み企業の「後始末と再出発」をご支援しています。上場準備のスケジュールに影響が出る前に、まず現状の一覧化からご相談ください。
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※本記事は2026年時点の公表情報をもとに、税理士の監修のもと作成しています。信託型SOの課税・適格要件の取り扱いは、個別の信託契約・付与条件により結論が異なり得ます。対応にあたっては、必ず国税庁の最新情報をご確認いただくか、専門家にご相談ください。